Q 父が死亡し、相続人として私と兄の二人です。
父の遺産は自宅の土地と建物だけで、父は生前自宅で兄の家族と同居していました。そのため、父は「自宅の土地と建物は全て兄に相続させる」という遺言を残していました。なお、自宅の土地と建物の評価額は2000万円で、現在は兄とその家族が住んでいます。
この場合、私は遺留分として遺産の4分の1の権利を有していますので、自宅の土地と建物に対して4分の1の権利を兄に対して主張することができると思うのですが、しかし、自宅は兄が住んでいますので、4分の1の持分をもらってもしょうがありません。
ですので、自宅の価値の4分の1に相当する金額(500万円)を兄から払ってもらいたいと考えています。このような請求をすることは出来るのでしょうか。
A あくまでも持分4分の1の移転登記を請求することができるというのが原則ですが、兄が認めれば、お金の請求も可能です。
【注意】
平成30年7月の相続法改正で遺留分侵害請求権が金銭債権の請求権とされたことにより、本事例の争点の考え方については、改正法施行後は取り扱いが変わることにご留意ください。
【説明】
遺産が不動産しか無いような場合、遺留分を請求する具体的な方法は、遺留分の相当分(本件では4分の1)について不動産の移転登記を求めることができる、というのが原則です。
逆に言うと、遺留分を請求する権利者は、その遺留分に応じた持分(本件では4分の1)の移転登記を求めることしかできず、価値相当分を現金で払って欲しいという請求はできないのです(名古屋高裁平成6年1月27日判決)。
もっとも、遺留分を請求されている側(本件では兄)が、登記の移転ではなく、現金で払いたい、という意思を有しており、その旨表明した場合(例えば、兄が、自宅が弟と共有になることを避けたいと考えた場合)には、遺留分を請求する側(本件では弟)はその時点から初めて現金の請求ができることになるのです。これは民法1041条で定められています。
以上まとめると、遺留分を請求する側は、不動産に関しては登記の移転を求めることしか出来ず、相手方が金額での賠償をしたいという抗弁を主張してきて初めて、現金による請求ができるということとなります。
では、本件で弟が兄に対して遺留分の請求をしたものの、兄は「お金がないから500万円も払えない」と言ってきた場合、その後はどうなるのでしょうか。
弟としては、兄が現金で払う旨の意思表示をしてくれない以上、現金の請求をすることは出来ず、自宅の土地と建物の4分の1の移転登記を求めることが出来るだけとなります。
したがって、自宅の土地と建物は、兄と弟の共有状態となります。
しかし、弟としては、自分が住んでいない土地と建物の4分の1を取得したところで何の意味もありません。
そこで、次の段階として、弟は、兄に対して共有物分割請求の調停なり訴訟を裁判所に提起し、その共有関係の解消を求めるという煩雑な手続を取らざるをえないということになるのです。
自宅のような不動産の共有関係の解消は、簡単に切って分けられるものではありませんので、どちらかが金銭を払って持分を全部買い取るか、最終的に競売にかけて、競売で売れた場合のその代金を分けるという方法になるなど、解決までに難航するケースが多いです。
このように、遺産が不動産しかない場合の遺留分の紛争というのは長期化してしまうことも覚悟する必要があります。
【名古屋高等裁判所平成6年1月27日判決】
「ところで、被相続人は、原則として、遺言によって遺産を自由に処理することができるが、これを無制限に許すと、法定相続の制度と矛盾し、法定相続人の生活保障としての期待権が剥奪されることになる。そこで、民法は、一方では、遺言自由の原則を採りながら、他方で、法定相続人が一定の期間内に私法上の形成権である遺留分減殺請求権を行使したときは、被相続人に遺産につき、遺留分を除外した部分についてしか、自由な処理を認めないことによって、その間の調和を図っているのである。」
「そして、遺留分減殺請求権行使の法的効果は、一般的に、単なる債権の発生ではなく、物権的であると解されているから、その行使によって、遺産の一部が、当然に遺留分権利者に対して、移転帰属することになる。この場合に、遺留分権利者の権利を最も効果的に回復するのは、遺留分減殺請求権の行使によって帰属した遺産そのものを、遺留分権利者に引き渡すことであるから、現物返還主義がその目的に最も合致しているといわなくてはならず、民法においてこれに抵触する規定は存在しないばかりか、一〇三六条や一〇四〇条のように、これを前提とする規定も存在する。」
「もっとも、民法は、一〇四一条一項において、受遺者が価額弁償をすることによって、現物返還の義務を免れる方策を認めているが、そのためには、被相続人の意思、及び受遺者の便宜よりも、遺留分権利者の遺産の回復を重視して、単に価額弁償をするという意思表示をしただけでは足りず、価額弁償を現実に履行するか、またはその履行を提供しなければならないとされているのである」
「このように、遺留分権利者の権利を実現するためには、遺産の現物を遺留分権利者に引き渡すことが肝要であり、価額弁償の抗弁によって現物返還の義務を免れる上で、極めて重大な制約が課せられているのであるが、そうであれば、この価額弁償の抗弁を選択するには、受遺者の意思が十分尊重されなければならない。つまり、民法には、受遺者の意思を無視してまで、遺留分権利者に、受遺者に対して現物の返還に代えて価額の弁償を請求しうる旨の規定は存在しないのである。遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償として金員の請求をなしうるのは、あくまでも受遺者が価額弁償の意思を表明した場合に限られるというべきである(最高裁判所昭和五〇年(オ)第九二〇号、同五一年八月三〇日第二小法廷判決・民集三〇巻七号七六八頁参照)。」
「これを反対に、受遺者が価額弁償の抗弁を選択していないのに、遺留分権利者に価額弁償として金員の請求を認めるとすれば、遺産が流通性の乏しい換価困難な財産の場合には、遺留分権利者は受遺者以上に有利な地位に立つことになるし、遺産が不動産であって、価額弁償に応じるためには、当該不動産を換価する外ないとすると、換価に伴う譲渡所得税はすべて受遺者の負担となるから、極めて不公平な結果となる。
したがって、遺留分権利者が受遺者に対して、価額弁償として金員の請求をなしうるのは、受遺者が価額弁償の意思を表明した場合に限られると解するのが相当である。 」
2015年11月30日更新
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。